柔道部最悪の日
Text by Mampepper
前編

ふ〜っつ、ふ〜っつ、ふ〜っつ・・・・・
ああ、気が遠くなる・・・・
薄れゆく意識の中で、ヒロキは懸命に呼吸しながら、必死に全身をばたつかせていた。
「何やってんだ、柔道部!」
「だらしねーぞ、それでも男か!!」
道場の外まで鈴なりになったギャラリーが、容赦ないヤジを浴びせる。
(ちくしょう、ちくしょう、ちっくしょぉぉ〜〜っ・・・・)
あまりにも無力な自分に情けなさを感じて、ヒロキの眼からはじんわりと涙があふれてきた。
目の前に広がっているのは、大きくのしかかった相手が自分の顔におしつけた、
柔道衣の股間の部分のまぶしい白さだった。

M中柔道部が地元きっての名門、S中柔道部を迎えての交流試合は、あまりにもあっけなく、
しかし残酷に終わろうとしていた。S中の先鋒選手は圧倒的な強さを見せつけ、
メンバー5人のうち4人までをすべて一本勝ちで退け、最後の砦となってしまった大将のヒロキもまた、
今その巧みな技に翻弄され、屈辱的な上四方固めにとらえられていた。
「ああ・・・・先輩ぃ・・・・」
「ふぁ・・・・ふぁいとお・・・・」
補欠の一年生部員たちは必死に声を上げたが、それはもはや応援というよりは哀願に近いものだった。
い・・・いやだ・・・このまま負けるなんて・・・。
ヒロキは歯を食いしばり、必死に抵抗した。懸命に両足で畳をけりあげ、ブリッジを試みる。
でも・・・動けない・・・どうしても・・・・
相手の両足はガッチリとヒロキの上半身を挟みつけていた。
いわゆる69の体勢のままで、時間だけが経過していく・・・・
既にヒロキの敗北は決定したかのようだった。
相手は白帯とはいえ、あの強豪・S中の選手だ。
普通なら、ヒロキの頑張りを応援する声もあがっただろう。
だが非情なことに、相手は、決して体格に恵まれているとはいえないヒロキと比べても華奢な、
しかもまだ白帯の女の子だったのである。

* *************

新年度から、ヒロキはM中柔道部のキャプテンになった。
ヒロキが柔道を始めた時、周囲はみな驚いた。もともと上背もなく痩せ型で、
そのうえ女顔であることをからかわれることが多かったからだ。
そんなコンプレックスを克服するために始めた柔道だった。
練習は厳しかったが、必死の頑張りで黒帯を取り、
先日の地区大会では廃部寸前だったチームを盛り立てて上位入賞を果たしたのである。
その勢いで、全国レベルでも知られた名門・S中を迎えての練習試合を行うことになったのだった。
自分たちの力がどこまで通用するのか確かめるために、ヒロキたち部員は厳しい練習をこなしてきたのだ。

しかし、なんとS中チームの先鋒は、白帯の女の子だったのである。
「橘みゆきです。よろしくお願いします」
丁寧に頭を下げられたものの、何かバカにされているような気がする。
しかもやってきたのは選手の5人だけ、引率も特別コーチだという女子大生のみだった。
(ふざけやがって・・・・)
「試合は勝ち抜き戦。審判は顧問先生にお願いするということでいかがですか」
美しい顔とプロポーションだが、どこか禍々しい雰囲気をたたえたそのコーチが、淡々と試合の段取りを進める。
M中はこの日のために選抜試合まで組んで、ベストメンバーで望んでいる。いくら強豪だからって・・・。
試合を組んだ顧問の先生までがムッとしていた。
「なめられてんじゃねーぞ柔道部、意地見せてやれ!」
見学のギャラリーもまた、この侮辱的な扱いにマジで怒っている。
そんな、交流戦とは思えないギスギスした雰囲気の中で、試合は開始された。
しかし・・・・・・・。

顧問先生の合図とともに始まったこの<交流戦>は、あまりにも残酷なものだった。
みゆきの軽やかな身のこなし、受けの強さに、先鋒から副将までのM中の選手はまったく手も足も出なかった。
いずれも組み際にみゆきの放った投げ技で、ことごとく一本負けを喫したのである。
受身をとりそこね、痛みに悶絶する男子部員をよそに、みゆきは息ひとつ乱していなかった。
練習の成果を見せるどころか、ようやくの思いで手に入れたささやかなプライドと自信さえ
こっぱみじんにされてしまうような、惨めな敗北。
「なんだお前ら、女ひとりに勝てねーのかぁ!!」
あまりの醜態に、ギャラリーの声援は罵声に変わっていた。
そしてあっという間に迎えた、ヒロキの出番だ。
「つ・・・・つぎィ!」
顧問先生はもう審判の立場を忘れて涙声になっていた。

そう誓ったヒロキは真新しい黒帯をギュッとしめなおし、自分の頬をピシャピシャ叩いて気合を入れると、
試合場の青畳へと向かった。
ヒロキの視界に、控えに座ったS中の選手たちの姿が見えた。彼らはみゆきの鮮やかな技にも歓声ひとつ上げず、
まるで当然のように薄笑いを浮かべていた。
みゆきはみゆきで、少しだけはだけた道衣を整えていた。
その姿には男4人をゴボウ抜きにした昂揚感など微塵も感じられなかった。
(ちくしょう・・・・意地でもムキにさせてやる!)
勝てないまでも何人かは抜いて、その余裕をなくさせてやる。
今まで練習だけは誰にも負けないくらい頑張ってきたんだ。いくら技が切れるといっても、
こんな白帯の女に負けるはずがない。負けるわけにはいかないんだ。

ヒロキとみゆきの試合は始まった。
(寝技だ。体格でも経験でも負けてないんだから、寝技に持ち込めば必ず勝てる)
開始早々、ヒロキはみゆきが牽制で放った足払いにわざと崩れた。そのまま引き手をきかせて寝技に誘う。

やった。作戦どおりだ。
一瞬、ヒロキは心の中でガッツポーズを作った。しかし・・・・。
「かわいそうに。怖いもの知らずってのは恐ろしいよな」
S中の選手たちがそう言葉を交し合ったのを、ヒロキは気がつくはずもなかった。

・・・・・え・・・・・?
みゆきの寝技の強さは、ヒロキの想像を遥かに越えていた。
彼女は絶妙のバランスでヒロキに体重をかけ動きを封じると、その体を容赦なくねじり上げながら、
みるみるうちに抑え込みの体勢を作っていった。
「お・・・・おさえこみ・・・・」
顧問先生が絶望的な表情で宣告する。あと30秒で、M中柔道部は白帯の女の子ひとりに敗北することになるのだ。
そんな・・・まさか・・・
抵抗しようにも、腕も足も空しく空中を泳ぐだけ・・・・。みゆきに体を自由自在に操られ、
ヒロキは自分の今のからだがどういう体勢になっているのかさえわからなかった・・・・・。

* ***********

ちくしょう、ちくしょう、ちっくしょぉぉ〜〜っ・・・・。
口の中で何回繰り返したことだろう。
ヒロキの涙がかすかにみゆきの股間を濡らす。
ああ・・・苦しい・・・・でも・・・・何だか・・・・
いいにおい・・・・。
口と鼻にみゆきの股間がぎゅいぎゅいと押し付けられる。
みゆきは両足にさらに力をこめてヒロキの上半身をしぼりあげ、勝利を確信したような微笑をもらした。
むううううう・・・・。あぁ・・・・・。
道衣ごしに味わう甘酸っぱい香りで、ヒロキの股間は次第に勃起してきた。
な・・・なんで・・・・こんなところで・・・恥ずかしい・・・・。
「あ、見ろよあれ」
「なんだあいつ、勃起してるぞ」
「おーい柔道部、立ってるのはちんちんだけかあ?」
目ざといギャラリーたちがはしゃぎながらヤジを飛ばす。ドッと笑い声がおきた。
ああ、俺、かっこわりぃ・・・・。
からかわれるのが嫌で始めた柔道なのに・・・・今、その柔道のおかげで、また笑いものにされてる・・・。
ヒロキの脳裏に、いじめられっ子だった幼年期の記憶が蘇ってきていた。
くそーっ、くそーっ、くっそおおおおぉ〜・・・・。
イヤだ・・・・勝つんだ・・・・。
さいごには・・・さいごには俺が・・・・勝つ・・・・。
ヒロキは全力で足をばたつかせた。柔道の試合というよりは、とにかくこの女の子に負けまいとする必死の抵抗。
その姿はいかにも不恰好で、見ている者にむしろ笑いを誘った。

(何?この子・・・・)
みゆきは抑え込みながらも、少しだけ感動していた。
あたしの寝技を食らうと、重量級の男子や高校生でも観念して、抵抗するのをやめてしまう。
こんなちびで可愛い男の子が、こんなにも頑張るなんて。
ほんの一瞬、みゆきに隙ができた。

ごつっ!
まったくのまぐれ当たりではあったが、振り上げたヒロキの膝がみゆきの顔面を直撃した。
「痛ッ・・・・・!」
反射的にみゆきが体を離す。そのわずかな間に、ヒロキは自分の体を必死に裏返した。
はあ・・・はあ・・・はあ・・・やっ・・・た・・・・。
「抑え込み、とけた!」
顧問先生が宣告する。みゆきもさっと技を解いて立ち上がった。
うつぶせになったヒロキは必死に体を縮め、いわゆるカメになって防御姿勢をとった。
はあ・・・はあ・・・はあ・・・はあ・・・・
荒い息が道場にこだまする。辛うじて抑え込みは跳ね返したものの、ヒロキの体力はもう限界に近づいていた。
はあ・・・はあ・・・はあ・・・。

え・・・えっ・・・・?
ヒロキの視界がいきなりぐるりと回転する。そこに見えたのは道場の天井だった。
あ・・・天井・・・こんなに高かったんだっけ・・・・。
寝技のエキスパートであるみゆきにとっては、ヒロキの防御は可哀想になるくらいスキだらけのものだった。
みゆきはほとんど動物的な動きでヒロキの背後に組みつくと、そのまま送り襟絞めを極めた。
ヒロキはみゆきのおなかの上に乗せられた状態で、上を向かされたのである。
ぐ・・・ぐっ・・・・。
く・・・苦しい・・・。
ヒロキの顔面がみるみるうちに、真っ赤に充血していく。
試合で絞め技をくらうのは、ヒロキにとっては初めての経験だった。
ガッチリと絡みついたみゆきの腕が、ギリギリとヒロキの首を絞めあげる。
く・・・・く・・・そっ・・・・。
ヒロキは必死に指を首筋にこじ入れようとしたが、みゆきの細い腕はそんなわずかな隙間さえ作らず、
麻縄のようにヒロキの首に喰い込んでいった・・・。

(つづく)






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